篠原涼子の学歴は?ヤンキー説は本当!?

篠原涼子の学歴は?ヤンキー説は本当!?

数々のドラマや映画で主演を務め、女性も憧れる女優の篠原涼子さん。かつてはヒット曲を出したり、コントなどのバラエティ番組などにも出たりと、さまざまな経歴を持つ彼女ですが、今回はそんな篠原さんの学歴とデビュー後の活躍について調査しました。

 

篠原涼子の学歴は?

 

 

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【プロフィール】
名前:篠原 涼子(しのはら りょうこ)
生年月日:1973年8月13日
血液型:B型
出生地:群馬県(桐生市観光大使)
身長:162㎝

 

小学生時代

彼女が通っていた小学校は群馬県にある桐生市立広沢小学校。地元ではおてんば娘で有名だったらしく男の子を手下に遊んでいたようです(笑)ただ昔のインタビューで「実家が貧乏だったのでイジメられた経験がある」とも告白しています。学校ではマンガ部に在籍していたようですが、当時から歌うのが好きだったようで、この時から歌手に憧れていたようです。また彼女は2歳の時に母親を亡くし父子家庭で育っていましたが、小学6年生の時に父親が再婚したとのこと。

 

中学生時代

そのまま地元の桐生市立広沢中学校へ進学。この時期から本格的に芸能界を目指すようになり、ダンス部に所属したり、オーディションを受けたりしていたとのこと。父親が中森明菜さんのファンだったこともあり、彼女の夢を全力で応援してくれていたようです。ただ少しヤンチャな時期ではあったらしく、父が再婚したとが原因で寂しさから非行に走ってしまったよう。過去に出演したバラエティ番組でも「ヤンキーの知り合いが多かった」と明かしており、中学の卒業式では暴走族が彼女を祝福しに来た、という逸話があるとかないとか…。

 

高校生時代

そんな思春期を経てようやく彼女に光が差したのが、県内の私立校である桐生第一高等学校に進学した頃。
こちらの学校は1901年に開校し、現在ではスポーツコースがあることから部活動が非常に盛んです。
現在は6つのコースがあるようですが、篠原さんは普通科(現在は総合コース)に在籍していたようです。

 

桐生第一高等学校の各コースの偏差値 ※2021年現在
・普通科特別進学コース(55)
・普通科進学スポーツコース(41)
・普通科総合コース(38)
・普通科製菓衛生師コース(38)
・調理科(38)

引用:みんなの高校情報

 

今はスポーツで有名だそうですが、篠原さんが通っていた当時はヤンキーが集まることで有名だったらしく、彼女も年上の彼氏によく車で送り迎えをしてもらっていたと明かしています。高校では部活に所属せず、パン屋や釜飯屋、ステーキハウスなどでアルバイトをしていたとのこと。

ただそんな高校生活もすぐに終わりを迎えます。冒頭でも言ったように、彼女に転機が訪れたのは進学してすぐのこと。中学時代から地道にオーディションを受けていた努力が、「月刊デ・ビュー」に記載していた芸能事務所オーディションに合格!という形で実ります。当時高校1年生だった1989年、ついに芸能界入りを果たした彼女は高校をあっさり中退。それは進学してたった3ヶ月での出来事でした。

ちなみに当時オーディションで披露していた歌は、中森明菜さんの『スローモーション』。ぜひ見てみたいですね!
応援していた父親もそれはそれは喜んだことでしょう。

 

上京〜デビュー

芸能事務所に所属してからすぐに上京した篠原さんは、特に通信制の高校に編入することもなく夢に邁進していきます。そのため、もちろん大学にも進学していません。寿司店でアルバイトをしながらレッスンに励む日々。そして彼女の長年の夢が叶ったのが翌年の1990年4月。「東京パフォーマンスドール」のメンバーとしてのデビューでした。当時からアイドル歌手志望だった彼女にとっては最高の叶い方だったでしょう。

 

 

グループ自体はメンバーを変え現在も活動しており30年を迎えているようですが、篠原さんはその第1期生となります。今でこそ当たり前になっているダンス&ヴォーカルグループの先駆けとなっており、デビュー時は注目を集めました。ただ時代の先を行き過ぎたのか、CDの売れ行きは苦戦していたようで大ヒット曲と呼ばれるような作品はなかったようです。

また、このグループには女優の仲間由紀恵さんも在籍していたことで有名です。
ただ篠原さんが既に卒業した後のことなので一緒には活動していません。

 

タレント時代

グループとして活動していた当時からメンバー内でも高い人気を誇っていた篠原さん。そのため在籍中からタレントとしても活動しており、「ごっつええ感じ」などのバラエティ番組にも出演し始めます。明るいキャラクターと、まだ10代とは思えないほどの綺麗なビジュアルからお茶の間の人気を集めた篠原さん。そのため数々の番組に引っ張りだこで当時は休みがなかったようです。

番組内では今では考えられないほど、それはそれはタフなポジションでした(笑)
当時を知る方にとっては今の女優への転身ぶりには驚きでしょう。

 

 

ソロデビュー

そして着実に人気を集めていった彼女にとって最大のヒット曲がここで生まれます。21歳になった1994年7月、小室哲哉プロデュースの「恋しさと せつなさと 心強さと」が220万枚を超えるミリオンセラーに。タレントとしても歌手としても大成功した彼女は、この年の9月に東京パフォーマンスドールを卒業してソロ活動へとシフトしていきました。

 

 

女優業へ

その後もヒット曲を出した篠原さんですが、25歳だった1998年頃から徐々に女優業へと活躍を広げていきました。
理想的な転身に思えますが、彼女的には違ったようで、当時についてのインタビューで次のように語っています。
「途中で小室哲哉さんとは違う方と歌い始めた時に売れなくなった。自分ではなく小室さんだから売れていたんだと気付かされた。歌はやりたかったけど自分の限界を知って次に進もうと思った。」

ただそれからの活躍ぶりは誰もが知るところ。コメディからラブストーリー、ミステリにアクションまで数々の作品で主演を務めてきました。特に2006年から出演していたドラマ「アンフェア」は当たり役となり映画化するほど。今までの可愛くコミカルな役とは一変した、キリッとかっこいい彼女の姿に多くのファンを虜にしました。そのおかげか翌年2007年と2008年の2年連続で、「理想の女上司ランキング」で1位に選ばれています。

 

 

私生活

プライベートでは2005年に、同じく役者の市村正親さんと結婚。24歳差と親子ほどに離れた2人の歳の差婚に大きな注目を集めました。実は篠原さんの父親からも初めは反対されていたらしいのですが、最終的には温かく背中を押してくれたとのこと。ただその父親も彼女の結婚式の3日後に病気のため亡くなりました。幼い頃からの夢を叶え、幸せな家庭を築いた彼女をみて安心したのかもしれません。

2人のお子さんに恵まれましたが、市村さんとは今年7月に離婚。子育てを終えた現在は役者としてまた活躍しています。

まとめ

いかがだったでしょうか。幼い頃からの夢を叶えた篠原涼子さん。学歴はヤンキー説や高校中退と波瀾万丈な思春期を過ごしていたようですが、その後の活躍はめざましいものです。振り返るとアイドル・タレント・歌手・女優と芸能界で思いつくほとんどの肩書きで活躍してきた篠原さん。現在の人気には確固たる証拠があるのですね。今後も女優としてさらに登りつめるのか、はたまた違う姿を見せてくれるのか。これからの彼女に大いに期待しましょう!

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